大日本ダイヤコンサルタント株式会社
汽車道
「汽車道」は、1911年(明治44年)の開通から1986年(昭和61年)の廃線まで、横浜新港ふ頭への鉄道輸送路として東横浜駅(桜木町駅付近)~横浜港駅(赤レンガ倉庫付近)間で活用されていた臨港鉄道の路線跡地を機能転換(Conversion)し、「歴史の香りと港の景観に親しみながら歩ける緑の空間」として整備したプロムナードです。
設計では、汽車道に架かる鉄道橋梁(港一号橋:プレートガーター橋+トラス橋、港二号橋・港三号橋:トラス橋)の補修・補強によるプロムナ-ド橋としての再利用や水際線の自然石護岸の保全活用、レ-ルを保全して周辺に木製のデッキを敷き並べることによる臨港鉄道の記憶の継承、ポール照明を控えフットライトを主体とすることによる景観阻害要因の抑制、水辺沿いの安全柵を透過性の高いものとすることによる親水性の確保、芝生広場や水際線のウッドデッキ等の配置によるプロムナード等、単なる移動空間とならない工夫を行いました。
(土木学会デザイン賞2011 最優秀賞)





富山大橋
橋を検討するにあたり、旧橋の特徴である「①富山市街地越しの立山連峰への眺望の良さ」、および「②丁寧に設計された構造物としての魅力」を継承するデザインを模索しました。
①に対しては、桁橋を選択し、市街地越しに立山連峰へのパノラマが開けている架橋位置の特性を引き継ぐとともに、橋面施設は歩道照明を高欄内蔵型とし、加えて照明柱と路面電車架線柱を集約したセンターポール型として、橋上空間をすっきりさせました。高欄は強い横風を和らげる構造とし、材料には地場産業に関わるアルミとガラスを採用しました。
②に対しては、旧橋の魅力であった「桁が橋脚を軽やかに跳ねるようなリズム感」及び「垂直補剛材の心地よい表情」に着目し、新橋の桁高変化曲線には軽快な印象となる3次放物線を採用し、高欄支柱の一部をフェイシアライン面に突出させ、桁側面に豊かな表情を形成しました。また、旧橋の支承部に見られた緊張感と、桁が脚から浮いているような軽快感を継承すべく、上部構造を2支承(3主桁)とし、その橋脚天端にR状の切り込みを設けて桁と橋脚の間に大きな隙間を挿入しました。このような造形上の工夫により、永く市民に愛される、絵になる橋の姿を目指しました。
また、本橋の橋詰にあたる両岸の旧橋原位置には、橋梁端部を復元したポケットパークが整備されました。ポケットパークには、旧橋の親柱、橋名板、路面電車の軌道、照明柱兼架線柱が設置され、富山県の発展とともに歩み、広く県民に親しまれてきた旧橋について、現在に伝える役割を担っています。
(土木学会デザイン賞2014 奨励賞)



見沼代用水の水辺再生を目指して
さいたま市の見沼田んぼ地域を流れる見沼代用水は、灌漑施設の持続的利用と維持、教育機会の提供、周辺の自然環境保全に寄与した地域づくりに活用される水路として2019年に「世界灌漑施設遺産」へ登録されました。また、江戸時代からの景観を残した水路が整備されている原形保全区間では、斜面林の連続性が生物多様性の拠点になっているため、2024年に「自然共生サイト」へ認定されました。
この歴史と自然を備えた見沼代用水の水辺に注目すると、1960年代までは地域の子どもたちの遊び場になっていました。しかし、1970年代から現代までコンクリートによる三面張りの水路区間が、全体の殆どを占めるようになりました。さらに、水路にはフェンス等が設置されて子どもたちが容易に水辺へ近づけなくなりました。
このままでは、子どもたちが水辺から遠ざかることになり、見沼代用水の昔ながらの美しい自然や風景への愛着、さらには歴史ある水路への関心が無くなってしまい、人と自然が共存する持続可能な社会実現が困難になるかもしれません。そこで、私どもは未来を担う子どもたちに、自然の豊かさとそれを守り育てる取り組みを実感してもらうため「地域の生物多様性を守りながら人と自然がふれあえて学ぶことのできる水辺の環境学習の機会と場所を創出」することを展開しています。
環境学習では、さいたま市見沼見聞館との協働で見沼田んぼ地域に特有の希少種や生態系、水環境の現状、外来種問題等の生物多様性保全の啓発をしています。水辺では、原形保全区間で環境保全活動をする地元NPOと共に水辺環境調査を行い、その結果をもとに意見交換をしながら、安全対策を万全にするとともに、「子ども目線の浅場」「生物目線の深場」「自然素材の再利用」を盛り込んだ水辺再生計画(素案)を立案しました。そして、水路周辺域を管理する埼玉県とさいたま市に水辺再生を提案し、その実現化を目指しています。




